ガス漏れ事件顛末記

ことの始まりは年明けて旅行から帰ってきてすぐだった。

ガス台の下の戸棚を開けるとなんだかガスくさい。
実を言うと、ガスくさいのは今に始まったことではなく、
かなり前から感じていた。
これでガス料金が急にはね上がったりしていれば
すぐに疑ったのだが、
夏は少なく、冬はそれなりに増え、特に異常が感じられない。
また、一軒家にもかかわらず、マンション住まいの日本で払っていたガス料金と
あまり大差なかったのも、気付くのが遅くなった一因だった。
「ガス台の下なんだから、多少ガスくさいこともあるだろう」
くらいにしか思っていなかった。

その日もいつもと変わらなかった。
一つ違ったのは、前日来たガスの請求書がちょっと高くなっていて、
「やっぱりガス漏れしてるのかなあ?」と思いながら、
下の戸棚を開けた、ということだった。
くさい。
こりゃまずいんじゃないだろうか。
GDF(Gaz de France)の請求書を熟読してみたら、
何かあった場合の24時間緊急連絡先があった。
電話してみたら、なかなかつながらない。
24時間とは書いてあるものの、これは夜間だけの連絡先か?
昼間は別の連絡先があるのかな?
これでつながらなかったら、電話するのをやめよう、
と思ったらかかった。
「どうしましたか?」と聞かれ、しどろもどろに説明する。
「なんだかガスくさいんだけど」が通じたらしく、
「すぐ行く」と言って住所を聞かれる。
フランスの「すぐ」っていったっていつ来るかわからない。
幸い何も用事がなかったのでよかった。
すると一時間ほどでやってきた。
驚きの早さだ。
さっそく台所を見てもらう。
戸棚の中の臭いを確認してもらい、
ガス漏れ検出器(?)で漏れている場所もわかる。
私はねじでもゆるんでいて、それを閉めればおしまいかと思っていた。
すると「ガスの漏れている量が多いから(!)、元栓を締めます。
修理が終わったら連絡してくださいね。
元栓を開けに来ますから。
できるだけ早く修理するように。
連絡は夜でもいつでもいいですから。
ところで、どこかプロンビエ(配管工)を知ってますか?」
…なんだか思っていたのと違う方向に展開していた。
どうやら彼の手には負えない仕事らしい。
プロンビエは知らないと言うと、彼は親切にも
GDFの事務所に聞いて最寄のプロンビエを調べてくれた。
びびった私は、彼が元栓の場所を探している間に、速攻でそのプロンビエに電話。
事務のおばさんが出たので、ガス漏れの修理を頼むと、
午後担当の人から連絡すると言った。
GDFは「くれぐれも早く修理するように。危険だから」と言い残して去っていった。

我が家は台所はもちろん、暖房もガス。
しばらくしたら、暖房のパネルも冷たくなってきた。
一抹の不安。
折りも折り、フランスは寒波が襲来していた。
温かい飲み物が飲みたくても、お湯が沸かせない。
電子レンジでミルクをチンして、ココアを混ぜて
chocolat chaud(ショコラショー=ホットチョコレート)で暖をとる。
日本から持ってきた電気パネルを出す。
トランスがないと使えないので、無用の長物と思っていたが、
思わぬところで役に立つものだ。
(引越し荷物搬入時、まだガスが開いていなくて暖房が使えなかったので、
やはりこの電気パネルにお世話になったらしい<ダンナ談)

まず、家を借りている不動産屋に電話してみる。
いつもの担当者、M. de lachaiseムッシュードゥラシェーズは
もちろん不在(いたためしがない)。
代わりの人が出てきたので、顛末を話すと、
「じゃあ、その修理代を持ちましょう。
修理が終わったら請求書をうちに送ってくださいね」と言ってくれる。

午後はひたすら電話待ち。
ところがかかってこない。
3回くらいこちらから電話した。
ようやく担当の人がつかまったと思ったら、
「今日は行けない、月曜の朝に行く」とぬかした。
その日は木曜日だった。ここで怒り爆発。
「どうして来れないのか、こっちは暖房も止まってて寒いんだぞ。
3ヶ月の赤ちゃんがいるのに、月曜までなんか待てない。
今日来てくれないと困る」と繰り返す。
冷静になって考えてみれば、言われてもどうしようもないことを言っていたのだが、
相手の都合を考える余裕はなかった。
こっちはガス漏れだよ?生命の危険がかかってるっていうのに、
その悠長な態度は何だ!!!という気持ちだったのだ。
最後に「わかった、あなたは私たちを殺そうっていうのね、
この寒いっていうのに!!!
いいよっ、不動産屋に相談するから!!!」
とののしって電話を切ってしまう。
さ~て、啖呵をきったのはいいが、これからどうしよう?

フランス版イエローページを出す。
プロンビエのページを開き、しばし悩む。
いったいどこに頼む?
すごい数が載っているのだ。
当然玉石混交だろう。
目を凝らして、オーラを放っている業者を探す。
これはと思ったところに電話してみる。
開口一番、「ん~、こりゃだめか?」
やっぱり直観は当たる。
不親切そうなおじさんに「ガス漏れ?ダメダメ、
うちは水道管専門だよ。
ガスはガス専門のプロンビエに頼まなきゃダメよ」と一喝される。
そうか、プロンビエにも種類があるわけね…。
こんなときに学習したくなかったが。

またイエローページとにらめっこするが、見分け方が分からない。
大体そんなこと、どの広告にも書いてない。
いったいどうすりゃいいの…涙が出てきた。
時間はどんどんたっていくし、夕方になるにつれ寒くなってくるし、
ここまで追い込まれた感があったのは初めてだった。
ちょっとやばいか?
ダメ元で、以前台所の電気系統を修理してくれた電気屋のおじさんに電話。
意外にもガス漏れ修理もやってくれるとの返事だったが、
やはり来れるのは月曜朝ということだった。
それじゃダメなの、ごめんなさい。

もう一度イエローページを探す。
フットワークが軽いのは個人業者か?と考え、
個人と思われる人に電話。
そしてようやくつかまえる。
30分で行くからと言ってくれ、ようやくほっとする。
現れたおじさん二人組はなんだかブルースブラザーズみたいなコンビ。
問題個所を調べて、
「管の長さが足りないから、フレキシブルの管にするよ。
部品は明日の午後持ってくるから」と言う。
「管の長さが足りない」って、今までそれでやっていたんですけど?
これがフランス人の仕事なのか???
とにかく原因もわかり、修理の目処もついてほっとする。

このまま行くと、その日は家で炊事ができないのはおろか、
暖房なしで一夜を明かすハメになるところだったが、
GDFがガスを止めた時点でダンナに連絡、
近くのホテルに部屋を取り、緊急避難体制を確立していた。
たまたまその木曜日にインターネット注文したスーパーでの買い物が
届くことになっていたので、その到着を待ってホテルに移動。

次の日の金曜日、らんちゃんをナタリーに預ける日だったが、
いつもは半日のところを一日見てもらうことにする。
午前中は図書館付設のカフェで過ごし、昼頃帰宅。
午後に来るプロンビエのおじさんを待つ。
暖房が切れて一日たった我が家は石造りで
しかも家を出る前に雨戸を全部閉めて密閉していったせいか、
思ったほど温度は下がっていなかった。
でも、やっぱり通常よりは低く、いる間にだんだん寒さが身にしみてきた。
電気パネル活躍。
光には毛布を何枚もかける。
ソファの生地に保温性があるのか、すわっていると暖かい。

プロンビエのおじさんは比較的時間に正確にやってきた。
今日は取り替える管の手配が間に合わなかったというので、
ガス管にふたをしてくれた。
流しの下にもう一つガスの栓(ひねるやつ、日本にもよくあるタイプ)があったので、
それも閉めてくれる。
これをしておけば、ガスの元栓を開けても大丈夫、
だから、とりあえずGDFに元栓を開けてもらえ、
そうしないと暖房が使えなくて凍えちゃうよ、とおじさん。
連絡先分かる?と言うので、請求書を見せると
おじさんが自らGDFに電話してくれる。
親切なおじさんだ!!
ところが、先日と同じ緊急連絡先にかけたのに、
うちの住所を聞くや「かける先はここじゃありません」と
別の番号を言うじゃないか。
さらに、言われた先に電話すると元栓開栓を渋っている様子。
おじさんが一生懸命「赤ちゃんがいて大変だから、
開けてやってくれ」と頼んでいる。
話がついたのか、電話を切ったあと、次の修理の約束をする。
すると、太った方のおじさんが
「なるべく早くGDFに電話して元栓を開けてもらうんだよ。
5時までにかけないと閉まっちゃうからね」と言う。
たった今、開けてくれるように言ったんじゃなかったの???
今の電話はなんだったの?もういっぺん交渉しないといけないの??
おじさんたちを暗~い気持ちで見送ったあと、電話の前に座る。
フランス人のおじさんですら交渉で勝てなかったGDFに
これから電話するわけ?

出てきた女性に顛末を話し、
台所の管にはふたをしたから台所にはガスは漏れません、
だから元栓を開けて、と頼む。
やはり渋る。
本来は全ての工事が終わってからでないと開けられないようなのだ。
普通に考えればそうだろう。
でも、食べ物は買うなり外食するなりできるけど、
暖房はどうにもならないの、お願いだからわかってよ。
頼み込むと、ちょっと待てと言われて、上司らしき男性と替わる。
また一から顛末を話し、懇願する。
ようやくそこで話が通り、元栓を開けてもらえることになる。
うっわー、やってみるもんだー。
「その代わり、何時になるかわからないよ」

足取り軽くお子様をお迎え。
家で遊びながらGDFのご到着を待つ。
ダンナもわりと早めに帰ってくる。
ところが待てど暮らせど来ない。
「GDFに電話して聞いてみたら?」とダンナ。
またあのGDFに電話するのー???
もう疲れきっていた私には酷な注文だった。
疲れた体を引きずって電話。
すでに夜になっていたので、電話は夜間対応になっているようだった。
しかし、驚いたことに我が家の話は申し送り事項になっていたらしく、
ちょっと話をしただけですぐに通じた。
作業員にはちゃんと連絡がいっているが、
いつ着くかは分からない、との返事をもらう。
後ろでは他にも複数の電話対応の人がいるらしき気配。
ご苦労様です。

とりあえずオーダーは入っていると分かったので、
お腹がすいた我が家は中華の宅配。
宅配が来るのとGDFが来るのとどっちが早いか?
なんて冗談が言えるくらいに気持ちが上向いていた。
結局中華の方が先、
食べている間にGDFが来た。
「ポンピエ(消防署)に寄っていたら遅くなってしまって…」
来たのは最初に来て元栓を締めていった張本人。
(彼が一人でガスの緊急対策をしているのか?なんだか忙しそうだ)
その分、話しも通りやすくて助かった。
台所の栓のふたを見せ、彼のOKが出てめでたく開栓。
本当なら修理終了の連絡書があり、
それをGDFに渡して引き換えで開栓するようなのだが、
今回は特別のケースなので、
修理が終わったら郵送してと封筒をもらう。
長かったこの二日間を思い、
「本当に大変でした」と言うと「ガス漏れはね~、大変だよね~」と
いたわりのお言葉をもらう。
「A bientot(またね)」と言われて「次はなしにしたいよ」と思ってしまう。
GAZ SECOURS(がずすくーる、ガス救急って感じかな)の車に乗って立ち去るお兄さん、
次はどこに行くのやら~、とドラマ調に見送ってしまった。

さて、ホテル暮らしは一週間見込んであったのだけど、
旅行でもないのでいいかげんいやになり、日曜に家に戻る。
恐る恐る家に入るが、ちゃんと暖房が効いて暖かい。
よかったよかった。
外食、持ち帰り、冷凍食品でしのいで、約束の月曜日。
待っていたのに来ない。
電話してみたら「ごめんごめん、今日行けないんだ。
明日でもいい?」
そういう展開を予想してはいたけど…また今日も外食か。

そして火曜日、今度はちゃんと来た。
プロパンガスのタンクみたいなものを持ってる。
何をするのかな~と面白半分に見学。
途中で管を切ってしまったのだから、新しいフレキシブルの管を溶接。
(フレキシブルの管ってなんだろう?と思っていたら、
途中がゴムになっていて曲がる管のことだった)
一時間くらいで終わる。
今度は管に安全弁をつけてくれた。
閉まっているときはもちろんガスが通らないが、
開いているときでも漏れたときは弁でガスを止められる仕組み。
なんだかすごいものをつけてもらった感がしたが、
後でそれを聞いたダンナによると、「そんなのついてて当たり前」なのだとか。
さ~て、支払い。
いったいいくらするのだろう?とどきどきしていたが、
150ユーロほどと、思ったより高くない。
おじさんが安全弁の入っていたパッケージを出して、
「これを同封してGDFに送るんだよ。
これつけたからもう大丈夫ってね」と教えてくれる。

最初にガスを使うときはさすがに緊張した。
きちんと直っていなくて爆発したら?
無事に火がついたときはほっと一安心。
ガス漏れ事件もようやく終息を迎えた瞬間だった。