ソリダリテ

フランスのニュース番組を見ていると、よく「ソリダリテ」という単語が聞こえる。
たいてい災害のニュースのときなんかで、
「ソリダリテのために○○の救助をする」なんて言っていた。
辞書で引くと「連帯感」なんてなっているのだけど、
意味が今ひとつよくわからなかった。

2月だったと思うが、フランスにしちゃ珍しく
傘をささないとずぶぬれになるほど雨が激しく降っていた寒い日。
私はフランス語のレッスンのためにフランソワーズ先生の家に向かっていた。
すでに最寄駅を降り、あとまっすぐ行って曲がるだけ。
5分もしないうちに着くあたりを歩いていたとき、
目の前をふらふらと横切ったおばあさんがそのまま車道を横切ろうとしたのだが、
歩道と車道に段差があり、その段差につまづいて
そのまま車道の水たまりに転んだのだ。
私はもともとボランティア精神があまりない上に、
フランス語のレッスンに向かっていた途中だ。
「うっわ~、面倒なことに巻き込まれちゃったかな?」というのが
正直な感想だった。
でもおばあさんは頭から道路に突っ込んでいったまま動かなかったので、
さすがにびびって声をかけてみた。
するとおばあさん流血!!
びっくり仰天した私はすぐさま近くの店に飛び込み、
「そこで女の人が倒れて血を流している!!」とつたないフランス語で叫ぶ。
じゅうたん屋のおじさんはすぐさま出てきて、
おばあさんを助け起こして雨のかからないところまで運んでくれた。
そしてすぐに救急車を頼んでくれたらしい。
しかし私に向かって「あなたは目撃者か?
警察に見たことを話さなければならないからここにいるように」と言うではないか。
予想が現実になっていく瞬間。
こんなのどうやってフランス語で説明しろというのだろう??
私はその恐怖で頭がいっぱいだった。
大降りの雨とたまたまそのおばあさんが浮浪者まではいかないが
身なりの貧しい感じだったせいなのか、誰も立ち止まってくれない。
救急車も来ない。
途方にくれていたところに、買い物途中のおじさん登場。

そのおじさんはおばあさんの窮状と私の窮状を見てとるや、
すぐに助けの手を差し伸べてくれた。
自分だって買い物の途中だろうに、
まずは雨にぐっしょりぬれて寒そうなおばあさんに
体にかけるものを例のじゅうたん屋から調達。
ついでに椅子まで借りる。
毛布だけでは寒さをしのげないおばあさんに
自分のコートまでかけてあげた。
救急車の到着を待っている間、私にかまわないでくれというおばあさんに
一生懸命話しかけながら、名前や住所、年齢などを聞き出していく。
寒さや出血のショックで口を閉ざしがちなおばあさんの緊張をほぐしていくのだった。
また、聞き出した情報は後にようやく到着した救急車の隊員への
貴重な情報となった。
私はといえば、かまわないでくれと言うおばあさんに
「マダム、大丈夫よ」と言いながら傘をさしかけるだけしか出来なかった。
おばあさんを乗せた救急車を買い物おじさんと一緒に見送ると
おじさんとメルシーと声を掛け合って別れた。

そのおじさんだってもちろんおばあさんとは顔見知りでもなんでもない、
ただの通りがかり。
それだけでここまでやってしまう精神って一体何なんだろう?
その他の近所の人たちはそのおばあさんのことを知っていたフシがあって、
ああ、またかという感じだった。
おじさんは買い物のための時間を犠牲にし、
自分のコートも犠牲にした。
全く知らない人のために。
あとで見返りがあるわけでもなんでもない。
そのとき一番いいと思うことをしたのだと思う。
私はといえば、恥ずかしながら足がすくんで動けなかったというのが事実。

午後は地元のフランス語のクラスに出席してこの話をした。
するとメンバーの一人が
「フランスでは『ソリダリテ』は義務なんだよ」と言っていた。
それが本当かどうかは定かではないが、
この事件を通してようやく私は『ソリダリテ』の意味を理解できたような気がした。